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第三回 三次元スピーカー



 ● 夢の三次元音空間を目指して

 テストケースとして最初に採用したフォステックスのユニットを6角形エンクロージャーに納めた音の傾向として、当初の目論見どおり八割方は掴む事が出来ておりました。中でも3つのユニットを直列加速度結線方式によって得られる立体音場にはイメージ通りの大きな手応えと感触を感じられたのです。

 問題があるとすればそれはただ一つ、インピーダンスが高くなるのでアンプを選ぶという点です。理想はその音を残しつつどんなアンプに繋いでも上手く鳴ってくれる事です。しかしそうそう上手い話が簡単に転がっている訳ではありません。

 そこで登場したのが、フロントスピーカーのみ音量が可変出来るアッテネーターを採用する方式でした。耳でレベルを合わせ込んで行くと部屋中に音楽が充満してくるポイントがあって、これが思った以上に良い塩梅なんです。この未体験の三次元音空間を体験した事で、私の右脳と左脳はウソの様に一気にやる気モードに再突入してきました。

 ● 思い切った設計変更

 「こうなったらユニット選びから新たに練り直しを図りたい!」。

 色々と物色しているところに、名前はあまり知られていないけど、”音は折り紙付き”のTBと言うユニットの存在を知ったのです。そのW3-582SBは8センチユニットにしては物凄い大きなマグネットが付いていて、持った手からは余りあるほどの能力をビンビンに訴えてきます。これは箱の設計をゼロから考え直さないとユニットに力負けしそうなのがすぐに感じ取れました。

 理想はユニットと箱の両者が一体となって動くか、若しくは極力振動しないかのどちらかでなければなりません。前回は箱の響きを音楽のエネルギーとして取り込むべく設計でした。しかし、この小さな箱で今回のユニットの能力を受け止める為には完全に鳴かない箱にする必要が出てきたのです。

 このプロジェクトの基本的な構想は私の受け持ちですが、細かいアレンジメントやアイディアは息子の方がバラエティーに富んでいて、あっと驚くような事をしばしば見せてくれるのです。今回の設計変更とて例外ではありません。

 彼の口から出て来た言葉は・・・?!。

 『TBのユニットを使うなら箱は薄ければ薄いほど良いし、厚ければ厚いほど良い』。

 『その数字は8ミリ前後か、20ミリ以上のどちらか』。

 意を決して板厚を15ミリから一気に21ミリに変更です。これだと設計のスタートになった210ミリの高さの丁度1/10にあたるオクターブ関係になります。肝になるのは振動のキャンセリングを図るために、天板と底板の表に覗く部分と、はめ込み部分の深さを少しずつ違えてあるところです。

 その内訳は天板が9ミリと12ミリ、底は6ミリと15ミリ。3で約するとそれらの数字は3、4、2、5になります。これに六角形の6と21ミリの板厚の7、どれをとっても違った数値になり一定の共振ピークを持たない箱としての設計イメージが出来上がったのです。

 こうして何度も相模原の木工所まで足を運び、打ち合わせをする事になるのですが、大幅な変更になったこの度のこだわりの箱はどうも作り手泣かせのようです。それでも『出来るだけの事はやってみます』と言って下さったので安心してその場を後にしました。

 ● ショッキングな出来事

 楽しみに待つ事1週間、宅急便で届いた荷物を開けると粗毛フェルトにシッカリと包まれており、梱包一つとっても確かな仕事と職人の愛情が伝わってきます。送って来られた試作エンクロージャーは本当に丁寧に作られていて、まるで金属加工品のように正確に仕上がっておりました。

 「この人なら間違いない!、これで良い物が出来る!」。

 「やっと一区切りついた!」。

 大きな安堵感と充実した気持ちを感じておりました。

 「素晴らしい出来栄えです!、有難う御座いました!」。

 そう、お礼の電話をしようとした矢先に、

 「ガツーーーン」と強い衝撃が私の頭を襲って来たのです。

 その衝撃を与えた主は、一緒に入っていた一通の手紙です。

 納品書かと思って開けたその封筒の中に書かれていた内容とは・・・?。

 『この度の仕事は辞退させてください』の文面です。

 最後まで読むと、私の細かい拘りと、厳しい注文に応えるだけの自信が持てないと書かれてあります。後で迷惑を掛けるよりも今の時点でお断りするのが一番だと言うのです。このあまりにもショッキングな出来事に、呆然として、しばらく私は動く事すら出来ませんでした。

 すぐに電話をして、「何とかやって貰えませんか?」とお願いしましたが、その職人さんの決意は強く変わる事はありませんでした。私が今までに付き合って来た木工所は数軒ほどではありますが、その中でも腕は一級品です。本当に惜しい人と縁が切れてしまいました。

 ● 完成に向けて全力投球

 やる気に燃えたり、落ち込んだり、一つの製品を開発するのは並大抵の苦労ではありません。何せ試聴会の予定もすぐそこに迫っていますので、しょげている暇など私には無く、 新たな気持ちでその日の内にスピーカーの組み立てに入ります。

 箱はボンドで強力に接着させていますので、配線を中心とした全ての作業は外からやらなければならず、ナットの通し忘れなど無い様に、また線材の方向性、直・並列の結線にも神経をすり減らしました。

 吸音材の量加減は5回目でバランスが取れ、完成したのは明け方も近い4時頃でした。無造作に置いただけでもかなり楽しめますが、レイアウトフリーという訳にはいかないようです。この時点で「何とか聴く人を魅了出来るまでにはなったかな」と言うのが正直な感想です。

 ● ハイエンドマニアのK.Hさんから頂いた感想

 カイザーサウンド
 貝崎 様


 先日は雨の中、本当にありがとうございました。わざわざ私一人のためにデモに来ていただいた挙句、システムのセッティングのご指摘も数多くいただきまして、本当に恐縮の限りです。当日はあれほど集中され、精魂尽き果てるまで尽力していただいた貝崎さんの姿に強く心を打たれました。

 また、新作「三次元スピーカー」の音には驚きました。今使用中のスピーカーより確実に一回りも二回りもレベルの違う、まさに正確無比な空間表現(特に奥行き)と、わずか6,7センチのスピーカーの”人肌に染み込む”ようなスムーズな音に、スピーカーのグレード(周波数帯域、解像度など)とは音楽、いや人が音楽に感動する行為にとって、一体何の意味があるのかを痛烈に考えさせられました。

 この小さな巨人はオーディオと音楽を愛するすべての人に、忘れかけたオーディオの目的、遺伝子に刻まれた人の感性の原点を思い起こさせるアンチテーゼとなるのではないでしょうか。こうした大きなテーマを感じさせるのも、まさに貝崎さんの作品ならではですよね。

 素晴らしい経験をいたしました。ありがとうございました。

 K.H



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